非市場戦略とは何か——市場の外で決まる競争条件と、経営戦略への組み込み方
規制、世論、政府、メディア——市場の外側の環境は、ときに市場そのものより強く事業の成否を決めます。経営学の「非市場戦略」を、Baronの原典とファイブ・フォース分析への接続から整理し、経営戦略にどう組み込むかまで解説します。
- 非市場戦略(Non-Market Strategy)とは、市場の外側(政府・世論・メディア・公的機関)で決まる競争条件を経営戦略の対象にする枠組み(David P. Baron, 1995)。規制・適法性・世論の受容・調達など、顧客との取引では動かせない変数を扱う。
- Baronの核心は、市場戦略と一体の「統合戦略(Integrated Strategy)」。実務の入口は、ファイブ・フォース(業界構造)分析に非市場環境(規制・政府・世論)を織り込むこと。同じ政策でも立場(新規参入者/既存事業者)で意味が反転する。
- 実行の前提条件は公共的な価値(大義)の提示。一企業の利益にしかならない提案を政府は正当化できない。トイザらスの日本参入(大店法/「貿易自由化」の大義)がその古典的な事例。
優れた製品と適切な価格で競争に勝つ——経営戦略の教科書が扱うのは、主にこの「市場の中」の戦いです。しかし実際の事業では、市場の外側で決まる条件が勝敗を分けることが珍しくありません。参入の可否を決める許認可、事業モデルの適法性、世論の受容、政府の調達や補助金。これらは顧客との取引では動かせない変数です。
この「市場の外側」を経営戦略の対象として扱う枠組みが、非市場戦略(Non-Market Strategy)です。パブリックアフェアーズの理論的な土台でもあり(パブリックアフェアーズ(PA)とは?)、政策・社会環境への関与を「コストではなく戦略」として位置づけるための言語を経営に提供します。
本稿では、提唱者であるDavid P. Baronの原典に立ち返って非市場戦略を定義し、経営戦略の定石であるファイブ・フォース分析にどう接続するかを整理します。最後に、Baron自身が分析した米トイザらスの日本市場参入を素材に、市場戦略と非市場戦略が一体で機能する姿を見ます。
非市場戦略の定義——Baronの原型
非市場戦略の原型は、1995年のDavid P. Baronの論文に見ることができます。Baronは企業の外部環境を「市場環境」と「非市場環境」に分け、次のように定義しました。
The market environment includes those interactions between the firm and other parties that are intermediated by markets or private agreements. (中略) The nonmarket environment includes those interactions that are intermediated by the public, stakeholders, government, the media and public institutions.
David P. Baron (1995) “Integrated Strategy: Market and Nonmarket Components”. California Management Review 37(2): 47-65
平たく言えば、市場環境は顧客・取引先との契約にもとづく自発的な関係——売る・買うという経済価値のやりとりです。対して非市場環境は、一般市民、社会活動家などの外部ステークホルダー、政府、メディア、公的機関との相互作用を指します。規制の強化や不買運動のように、こちらの合意なく影響が及ぶ、非自発的な関係を含む点が決定的に違います。
目的の置き方も異なります。市場戦略の目的が経済的パフォーマンス(端的には利益)であるのに対し、非市場戦略は、経済的パフォーマンスに限らず、企業の社会的価値を含めた総合的なパフォーマンスの向上を目的とします。市場戦略が競争戦略やマーケティング戦略とほぼ重なるとすれば、非市場戦略はその土台となる市場のルールそのものへの関与と捉えるのが直感的です。
非市場戦略は何のために行うのか
ルールには、法律のような明示的なものだけでなく、社会慣習や世論のような暗黙のものも含まれます。Baronは非市場戦略の目的を5つに整理しています。
- Rent-seeking
- Unlocking opportunities - deregulate an industry dominated by government-controlled firms
- Defend against rivals and critics seeking to restrict a firm’s opportunities or operations, forestall social pressure directed by activists and NGOs, and to forestall initiatives of governments seeking to impose additional responsibilities on firms
- Attract customers with preferences for environmental protection, social justice or the protection of rights.
- Create value by strengthening reputations, building trust, and enhancing legitimacy.
Thomas C. Lawton and Tazeeb S. Rajwani (eds.) The Routledge Companion to Non-Market Strategy
すなわち、①利潤の追求、②規制緩和による事業機会の開放、③批判者・社会的圧力・政府の追加規制への防御、④社会的価値を重視する顧客への訴求、⑤レピュテーション・信頼・正当性の構築による価値創出です。
注目すべきは、この射程の広さです。法律のルールメイキングだけでなく、信頼や正当性の獲得までが目的に含まれます。経営学の研究では、非市場戦略の構成要素として、CPA(Corporate Political Activities: 企業の政治的活動)だけでなくCSR(企業の社会的責任)も位置づけられており、実務では別々の部門が担いがちなこの二つを、経営の視点では統合的に扱うことが求められます。
市場戦略との統合——ファイブ・フォースで非市場環境を読む
Baronの主張の核心は、非市場戦略を単独で立てるのではなく、市場戦略と一体の統合戦略(Integrated Strategy)として立案・実行すべきだという点にあります。市場環境が企業にとっての非市場課題の重要性を決め、非市場環境が市場の事業機会を形作る——両者は相互に作用しているからです。
では、どう統合して考えるか。Baronが示すのは、経営戦略の定石であるポーターのファイブ・フォース(業界構造)分析の中に非市場環境を織り込むアプローチです。ポーター自身、政府の政策が業界構造に与える影響の診断なしにファイブ・フォース分析は完成しないと述べています。
最もイメージしやすいのは、規制がつくる参入障壁です。許認可はもちろん参入障壁ですが、ポーターは環境基準や安全基準のような一見中立的な規制も参入障壁として働くと指摘します。基準対応が参入の資本コストを引き上げるだけでなく、製品試験の過程で新規参入者の情報が既存事業者側に伝わり、対抗を容易にするという二次的な効果まであるためです。
政府の行動が5つの競争要因に与える影響は、他にも類型化できます。許認可制による新規参入の制限、特許制度による障壁、規制緩和・補助金・研究資金による参入の促進、労働政策によるサプライヤー側の交渉力の変化、破産制度や補助金による退出の増減——いずれも業界構造を直接動かす変数です。さらに、政府が「買い手」になる場合(公共調達)は、政府そのものが競争要因の一つになります。
日本の実例でも、特定地域でのタクシーの増車・参入規制、通信分野での回線貸出ルール整備によるMVNOの参入障壁引き下げなど、公共政策がファイブ・フォースを動かした例は枚挙にいとまがありません。
重要なのは、同じ政策でも、企業がどちら側に立つかで意味が反転することです。参入規制の緩和は、新規参入者には機会の開放であり、既存事業者には競争圧力の増加です。同じ業界で正反対の非市場戦略が展開されるのは、業界構造に照らせば当然の帰結だと分かります。
事例——米トイザらスの日本市場参入
Baronの論文が取り上げるトイザらスの日本参入は、市場戦略と非市場戦略の統合を示す古典的な事例です(論文で明らかでない部分は筆者の解釈を含みます)。
市場環境を見ると、トイザらスにグローバル水準の競合はおらず、競争相手は小規模な地元商店やディスカウントストアが中心でした。基本戦略はコストリーダーシップであり、その実現にはグローバル規模のオペレーション拡大——つまり人口と所得の大きい日本市場への参入——が必要でした。ここまでは市場の論理です。
一方、非市場環境には大店法という壁がありました。大型店の出店には地元商店との事前協議が必要で、事実上の参入規制として機能していたのです。ここでBaronが指摘するのが、市場の力と政治の力の非対称です。競合が小規模で分散していることは、市場環境では有利に働きます。しかし政治力は一票ごとに由来するため、小規模分散の事業者群はむしろ強い政治力を持つ——市場で弱い相手が、非市場では強い。この構造が、トイザらスにとって不利な非市場環境を生んでいました。
トイザらスの非市場戦略は二段構えでした。日本マクドナルドとの合弁でローカルな規制対応を進めるとともに、大店法問題を日米間の貿易問題として位置づけ直したのです。結果として参入は実現しました。
この事例から引き出せる実務的な教訓は、大義名分(公共的な価値)の存在です。一企業の利益にしかならない提案を、政府機関が正当化することはできません。トイザらスのケースでは「貿易自由化」という公共上の価値が大義として存在し、それに適合する形で「市場をオープンにする」というポジションを取ったことが効きました。現代でも、規制緩和の提案はイノベーションの実現や消費者利便とセットで、規制維持の提案は安全性の確保とセットで語られます。非市場戦略が政府だけでなく世論をも対象とする以上、公共的な価値による納得感は、実行の前提条件です。
経営戦略への含意——「イノベーションと制度のギャップ」を戦略対象にする
非市場戦略の枠組みが今日いっそう重要になっているのは、イノベーションが技術に限らないからです。新しい事業モデルや市場設計——シェアリングエコノミーはその典型です——は、しばしば既存の制度が想定していない領域に生まれます。イノベーションの速度に制度が追いつかないこの間隙では、「どのルールで判断されるのか」自体が定まっておらず、ルールへの対応ではなくルールの形成そのものが競争条件になります(ルールメイキングで対象とすべきルールとは何か)。
この間隙を「リスク」としてだけ捉える企業は防御に終始し、「戦略変数」として捉える企業は市場の土台づくりから関与します。両者の差は、業界構造の分析に非市場環境を組み込んでいるか——つまり統合戦略として経営に位置づけているか——から生まれます。
まとめ
- 企業の外部環境は「市場環境」と「非市場環境」に分けられ、後者は政府・世論・メディア・公的機関との非自発的な相互作用を含む。
- 非市場戦略の目的は、ルール形成にとどまらず、レピュテーション・信頼・正当性の構築まで及ぶ。
- 市場戦略と非市場戦略は一体の「統合戦略」として立案・実行すべきであり、その実務的な入口はファイブ・フォース分析への非市場環境の織り込みである。
- 規制は参入障壁をはじめ業界構造を直接動かす。同じ政策でも立場によって意味が反転する。
- 非市場戦略の実行には、公共的な価値(大義)の提示が前提条件になる。
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