制度の隙間とルールメイキング
法やインフラが未整備な「制度の隙間(Institutional Void)」は、参入障壁であると同時に、ルールを自らの手で形づくる好機でもある。トイザらスの大店法改正や、Uber・Airbnbの事例から、非市場戦略とルールメイキングの要諦を読み解く。
- 「制度の隙間(Institutional Void)」とは、市場を機能させる法・ルール・インフラ・慣習が十分に整っていない状態(Khanna & Palepu提唱)。新興国進出だけでなく、新市場を創ろうとするスタートアップにとっても重要な視点。
- 隙間は参入障壁であると同時に、ルールを自らの手で形づくる好機でもある。トイザらス(大店法改正)、Uber・Airbnb(既存法が想定しない事業モデル)が、非市場戦略とルールメイキングで制度環境を整えた例。
- 隙間に飛び込むには非市場戦略とパブリックアフェアーズを織り込む経営判断が不可欠。ステークホルダーの利害を見極め、どのルールを・どのタイミングで提案するかを戦略的に設計する。
制度の隙間が生まれる背景
「制度の隙間(Institutional Void)」とは、日本企業が海外進出を図るときや、スタートアップ企業が新市場を創造しようとするときに、法律やインフラが未成熟な環境に遭遇することで生じます。市場経済を円滑に機能させるために必要な法律やルール、インフラ、慣習といった制度が十分に整っていない状態を指します。1990年代にKhanna, T.とK. Palepuによって提唱されたこの概念は、当初は新興国へ進出する多国籍企業の文脈で注目を集めましたが、近年では市場にイノベーションをもたらすスタートアップにとっても重要な視点として取り上げられています。
「制度の隙間」が生まれる背景としては、行政や社会インフラの整備が追いついていないことが大きく影響します。特に新興国では、道路などのハードインフラだけでなく、税制や取引ルールなどのソフト面の制度も未成熟です。こうした場所では、市場の論理だけで事業を回すのが難しく、政府やパートナーと連携して制度を整えていく「非市場戦略」が必要になります。
トイザらスが示した非市場戦略の一例
非市場戦略の概念を提唱した経営学者David P. Baron(1995年)の論文では、米トイザらスの日本市場参入事例が象徴的に取り上げられています。当時、日本には大店法という大型店舗の出店を規制する法律があり、大規模な販売モデルを武器に成長してきたトイザらスにとっては、参入自体が非常に厳しい状況でした。しかし、同社は、市場戦略である低価格・大量販売のコストリーダーシップ戦略を貫く一方、日本政府との交渉や日米貿易問題への関与など非市場戦略を駆使し、大店法の改正を実現した結果、日本進出を果たすことができました。この例は、海外企業が先進国に参入する場合であっても、「まだ整備されていない制度」を見極め、そこに関与することで事業の大きなチャンスを獲得できることを示唆しています。
スタートアップも直面する「制度上のグレーゾーン」
スタートアップの領域でも、既存の法律が想定していない技術やビジネスモデルを実現するうえで、制度のすきまに挑むケースは少なくありません。新興国への参入や大企業の海外展開に限らず、国内であってもテクノロジーの進化に法整備が追いつかないため、法的なグレーゾーンに直面することは珍しくないのです。
たとえば、UberやAirbnbのようにライドシェアや宿泊の仕組みを根本から変えるサービスでは、「既存法令で想定外のビジネスモデルゆえに制度が整備されていない」という壁がしばしば立ちはだかります。そこでスタートアップ企業は、新しい技術やサービスが社会にとって有用であることを政府や世論に対してアピールし、ルールメイキングに参加します。これは、政治・行政への直接的な渉外活動だけでなく、世論を醸成して社会的正当性を得るためのアドボカシー活動など、広範なパブリックアフェアーズの要素を含む取り組みです。
制度のすきまはリスクかチャンスか
制度のすきまが大きい環境は、企業にとってリスクが伴う一方で、ビジネスチャンスを秘めているとも言えます。トイザらスのように規制緩和を後押しすることで新市場を開拓できる可能性は、大企業だけでなくスタートアップにも広がっています。
ただし、そうした環境に飛び込むには、「非市場戦略」を織り込み、パブリックアフェアーズを実行する経営判断が不可欠です。各種ステークホルダー(行政、国会議員、業界団体、ユーザーコミュニティなど)の利害を見極めながら、どのようなルールを提案するのか、どのタイミングで交渉を進めるのかを戦略的に考えなくてはなりません。こうした取り組みをあらかじめ計画し、うまく実践すれば、不透明な制度環境をむしろ自社に有利な形で整え、大きく飛躍することが可能になります。
まとめにかえて
「制度の隙間」は単なる障壁ではなく、突破口を見つければビジネス拡大のきっかけになることが多々あります。しかし、それを単独で切り開くのは容易なことではありません。非市場領域でのパブリックアフェアーズの戦略が十分に練られていないと、本来獲得できたはずの優位性をみすみす失ってしまうリスクもあります。
海外進出を行う大企業、あるいは急成長を目指すスタートアップを問わず、ルールメイキングの舞台でどのように動くかをあらかじめ想定しておくことで、不透明な制度環境や利害関係者の力学を自社の味方につけることができるでしょう。
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